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正直になる

我が家は両親とも認知症を発症してる。父の場合、母が認知症の専門医に診察を受けていたため、父も同じ医師に往診してもらったほうが便利だろう、となった。

家族は父が認知症だとは全く気がついてなく随分気難しくなったなあ位に思っていたため、医師がMRIでの検査を手配した時も健康診断程度の気持ちでいた。

診断を受け治療が始まった後はとても明るくなり、積極的にデイサービスの日数も増やしたおかげで、私達家族も初めて父のひょうきんな素顔を見ることができた。これは認知症だ、と気がつけたからだと思う。

いくつになっても人は自分は大丈夫、と思いたいもので、私の両親も同じく。

家族も、うちの両親は最後まで大丈夫である、と思いたい。

それは実は幻であって、現実を見ないとならない時期が来る。

家長制度の空気が色濃かった我が家はこれがとても難しかった。

父が否と言えば外部の人たちもそれに従うしかなく、私達家族はとても苦労した。

今の介護では、本人の意思を尊重するのは当たり前のことになってもいるし、父が認知症を発症していると誰も思っていなかったので尚更だった。

幸い、医師は私から見た2人の日常の姿を受け入れてくれた。

もちろん、最初に父から医師に、この娘の話すことは聞かないでくれ、という言葉があったが、科学的な目を持って判断してくれたのだろうし色々なご家族を見た経験値もおありだったのだろう。

外部に対して正直になる決心をする。

認知症介護で家族や家庭が崩壊するのか、なんとか踏みとどまれるのかは、ここがポイントだと思う。

(その時私の背中を押してくれたのは、その医師が、キーパーソンである娘さんが良ければ明日からでもお父様を引き受けます、と申し出てくれた一言でした。両親のプライドのことや長年診察してくださっていた父の元主治医への遠慮、手続きの煩雑さなどで迷う私を励ましてくださりました。

福祉の世界の言葉で表現すると、アウトリーチ、が上手く働いたケースかと思います。)